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隈麿公のお墓 夏まつり

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朱雀3丁目榎区にある隈麿公のお墓。菅原道真公の息子にあたる
隈麿公のお墓といわれています。このお墓の周りには六弁のウメ
や大きなクスノキがあり、近所にお住まいの菊武さんによって守
られてきました。一昨年、今後の管理を榎区が引き継ぎ、以来、
日々の清掃や春夏のお祭りについても協力して、地域の文化遺産
として守り継がれています。(太宰府市民遺産第7号)

7月15日は夏まつり。太宰府天満宮の神職の方々により祝詞が
奏上され、隈麿公の御霊をお慰めしました。地域の方をはじめ文
化遺産調査ボランティアの方も含め約15名ほどが集まりました。
皆さんそれぞれ玉串を奉じ、お参りをしました。例年蒸し暑い中
セミの鳴き声が敷地内を包みますが、この日は曇天だったせいか
あまり聞こえませんでした。

春先、天満宮の庭師の方々により枝打ちが行われ、とても身軽に
なっていたクスノキの大木もみるみるうちに柔らかい若葉が芽吹
き、力強い生命力を私たちに示していました。

敷地内に3ヵ所ベンチが新設されています。枝打ちの際の廃材を
利用して作られたそうです。
「訪れる方々のしばしの休息に、腰掛けていただきたいです。」と
菊武さんは話されていました。
近いうちにクスノキの枝葉が木陰を作ってくれそうです。

春のおまつりは4月15日です。

旭地蔵尊夏まつり

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毎年7月13日は五条の旭地蔵尊の夏まつりです。
ふだんからお参りする人の絶えないこのお堂ですが、いつにも
増して賑わう一日です。

この日は朝から世話人の皆さんが祭壇に果物やお菓子などを供
え近くの白川橋の欄干には提灯や吹き流し、幟旗をくくりつけ、
お堂の横の広場では飲み物など接待の準備が始まります。

9時から参拝客が訪れ始め、11時の供養読経が始まる頃には
20名位の参拝客でお堂はいっぱいになりました。博多の崇福寺
から和尚様がお越しになり、読経が流れるおよそ20分間、それ
ぞれ順にお焼香をし、熱心に拝んでいました。その後も三々五々
とお参りの方が来られていました。

夜8時くらいまでろうそくの火は消えません。「私の主人のひい
おばあちゃんの頃には、すでに行われていたおまつりだそうで
すよ。長いですね。」とお話くださる方や、今年は日曜日でした
が、この日が平日であれば「下校途中の小中学生もお参りをし
お茶を飲んだりして寄り道してくれますよ。」と世話人の方から
のお話も聞くことができました。

世話人の皆さんの方で、この旭地蔵尊の法要をこれまでご参拝
の方々にハガキで毎年ご案内しているそうです。一時期は500
通近く発送していたそうですが、だんだん減って、今年は350
通くらいだったそうです。

それぞれが日々お参りし、大切に守られてきた旭地蔵尊。
旭地蔵尊と文字の入ったタオルと蒸し饅頭を手に、「また来年お
会いしましょうね。」と笑顔でお互いを見送るお年寄りの姿がと
ても印象的でした。

見頃を迎えたモクゲンジュ(木槵樹)の花

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菅原道真公ゆかりの樹木、モクゲンジュが今きれいな黄色い花を
咲かせています。

戒壇院の山門礎石を進んで本堂向かって左手に、青々とした葉の
中から花序をすうっとのばして鮮やかな黄色い花をたくさん付け
ています。花弁の基には赤い粒のようなものがついており、花弁
の黄色を見事に引き立てています。

謡曲「道明寺」によると、元慶8(884)年、道真公は一切の衆生が
世の中を安穏に暮らし、来世で極楽往生できるようにと、5部の
大乗教を書き写され現在の大阪道明寺の地に埋められました。
不思議なことにその経塚からモクゲンジュが芽を出しました。

後の時代、極楽往生を祈り善光寺に籠もっていた僧侶が、天神様
ゆかりのこのモクゲンジュの種で数珠を作り百万遍念仏を唱える
と極楽往生できるという霊夢を見て、道明寺の地に赴きました。
道明寺に参拝し、天神さまのお使いの神と出会い種を得てお告げ
に従い、余生を送り極楽往生したというお話です。

五条の金掛天神境内や新町の西正寺の境内、観世音寺の碾磑(てん
がい)付近にもモクゲンジュがあるそうです。
お近くの方はぜひ見に行かれてはいかがでしょうか。

戒壇院 大般若祈祷会・お施餓鬼

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7月6日(日) 戒壇院にて、大般若祈祷会・お施餓鬼が行われました。
大般若祈祷会とは600巻にも及ぶ経典「大般若波羅蜜多経」を転読、
祈祷する法要です。聖福寺のご住職をはじめおよそ15名の和尚様
が壇上に上がられました。雨音が時折激しくなる中、たくさんの教本
を繰りながら読経される大きな声が、木魚や鈴の音とともに堂内に
響き渡りました。お施餓鬼とは、亡くなられた有縁無縁の方々が、
その後の世界で飢えや渇きに苦しむことのないように霊を供養し、
また自らの健康長寿を願うという仏事です。

檀家の皆さんをはじめ多くの参拝者が堂内外で熱心に手を合わせ
ていました。雨天のせいで例年より参拝者は少ないとのことでしたが、
50名近くは集まられたように思います。最後に戒壇院の和尚様か
らお話をいただきました。「神仏を信じる心や手を合わせる行為
はどんな時代になっても変わらずに大切なことである」とのお話に、
参拝者の方々も深くうなづいていました。終了後、お札を頂戴し
お堂の周囲に飾られた小さな幡も皆さん大切に持ち帰っていま
した。

菅公伝説 ~菅公御着船旧跡の地~

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菅原道真公は太宰府と縁深い人物ですが、京より太宰府へ流され
た際の伝説は太宰府市内のみならず九州各地に伝えられています。
そんな数多く残された菅公伝説の1つを御紹介したいと思います。

大分県中津市にある犬丸地区には菅原道真公にまつわる伝説が
残されています。
伝承では、太宰府へ流される途中、海が荒れたため船は豊前国の
江極の岸に着船し、菅公は中尾の松原に上陸されて37日間滞留さ
れたといいます。
菅公はそこにあった止良石(とらいし)に腰掛けられ、「身のうさを良く
も止どむるとら石の名を聞くさへも頼もしきかな」と歌を詠まれ、傍らに
あった野田の清水という泉を見て、「久方の空もはるけき雲晴れて
かげ清けなる野田沢の水」と詠まれたと伝えられています。

やがて後に、菅公の孫である菅原文時がこの地を訪れ、止良石の
周囲を掘り、道真公を祀るために建てた社が現在の犬丸天満神社
の由緒と伝えられています。

現在、犬丸地区を通る国道213号線沿いには菅公御着船旧跡を示し
た大きな記念碑があり、地元の方々による由緒碑や燈籠なども新
しく建立されており、菅原道真公にまつわる伝承を大切に受け継ぎ
地域の文化遺産を守られている様子がうかがえます。

太宰府における時の記念日の行事 太宰府市民遺産第6号

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本日6月10日は「時の記念日」。
大正9年、欧米並みの生活改善や合理化を図り、時間の大切さを
尊重する意識を広めるために設けられました。
太宰府における記念行事の推移と近年の動きについては、太宰府
市民遺産第6号「太宰府における時の記念日の行事」のリーフレット
に詳しく記されています。
主に水城小学校卒業生の方々によって構成されている辰山(とき
やま)会がこの記念行事を主催され、平成23年11月に市民遺産の
認定を受けられてからはますます盛況な行事となってきています。

120名を越える参加者を前に、定刻の6時10分に開会しました。
萩尾会長や井上市長のご挨拶の後「時の記念日の歌」や「水城
村の地勢~度量衡の歌」・「水城小学校校歌(昭和6年版)」な
どを合唱しました。

先日行われた文化協会春の祭典が初披露だった舞踊は都府楼址に
因む大変あでやかなで舞で、昨年に引き続き西日本吟詠会の皆さ
んの吟詠も力強く都府楼址に響き渡りました。
太宰府発見塾 塾長の森弘子先生のお話は、「時刻」は天智天皇
の時代から国レベルでの管理の対象であった重要な概念であった
ことや、この「時の記念日」にまつわるご自身の思い出を織り交
ぜながら、先人の思いや歴史を解説くださいました。

この辺りはウォーキングに最適な環境なので、途中足を止めて参
加される方やウォーキング時間をずらして参加されている方など
もあって、「時」の大切さを皆さんそれぞれのペースで再認識さ
れた時間だったようです。

初夏の太宰府 戒壇院・観世音寺周辺

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梅雨に入ったものの、まだまとまった雨は降らないようで蒸し暑
さばかりが増す6月です。
本日戒壇院にて、だざいふリコーダーアンサンブルの皆さんによ
る恒例の「菩提樹コンサート」が開催されました。今年で7回目
となります。

昨年は大雨でしたが今年はよいお天気で、扇子片手にたくさん
の方々がお集まりでした。80名近くはおられたように思います。
素朴で温かいリコーダーの音色が境内に響き、皆さん菩提樹や
新緑を眺めながら耳を傾けておられました。菩提樹は黄色くか
わいらしい花をたくさんつけて、甘い香りを漂わせていました。
満開ではなかったので、しばらく見ごろは続きそうです。

隣の観世音寺にも、藤棚の隣に背の高い菩提樹があり、こちら
も黄色く小さな花が鈴なりで見上げる人が後を絶ちませんでした。
境内では四季咲きのハギやショウブの花も見事に咲いていまし
た。また、古都大宰府保存協会のゆづるはの会の皆さんがお世
話をしているハナショウブも力強く群生しています。観世音寺の
僧坊跡横や玄昉の墓前の園を、散策の折にはぜひお立ち寄り
ください。

これからは青田風が吹く中、色づいたアジサイが美しく町を彩り
始めます。来月には戒壇院のモクゲンジュが開花しそうです。

特別史跡水城跡100年ぶりの土塁断面大公開

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梅雨入り間近の6月1日(日)、ついに水城跡土塁の断面が公開さ
れました。連日ブルーシートに覆われていた部分がようやく公開
です。この日は10時~と13時~の2回、現地説明会が予定されて
いました。

写真は午前中の回の様子です。このように大勢の方が来られた
ので50名位ずつのグループにわけて現地説明となりました。長
蛇の列で既に暑さを感じる気温でしたが、テント内の古写真や
解説のパネルなどを拝見しているうちに順番となりました。

水城の断面の前に集まって、地層を見上げたり、敷粗朶が敷か
れていたであろう穴をのぞき込んだり、九州歴史資料館の職員
さんの詳しい解説を聞きながら、皆さん思い思いに水城を堪能
されていました。

「土塁の基礎の始まりが自分の足下のまだ地下だったことに驚
いた」「1350年も経っているのに、断層の色の違いがこれほど
わかるとは・・・」など口々に感想を話されていました。
今回の調査で研究がさらに進んで、また新しいお話が聞ける日
も近そうです。

次に大宰府史跡解説員の方による水城跡全般の解説もうかがう
ことができました。
木樋の発見場所や高速道路を造るときの苦労話、敷粗朶工法で
使われた植物と現代の植物のお話、大野城市と太宰府市の保存
に関する取り組みなど、水城が築造されて今日までの水城を取
り巻くエピソードを聞かせていただきました。

この水城跡土塁断面大公開は、8月30日9時~予定されています。
この日はまたさらに詳しいお話が聞けるかもしれません。

竈門神社 採燈大護摩供

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5月25日(日)10時30分から竈門神社では採燈大護摩供が行わ
れました。
大変よいお天気となり、宝満山への登山客も行き交う中、厳かに執
り行われました。

本殿での神事、原口旭愛先生による「筑前琵琶 竈門山」奉納の後
稚児行列・山伏の行列が始まりました。旅の山伏も加わって、法弓
法剣、斧、閼伽、法螺の作法をもって道場を浄めます。2本の松明
により、檜で組んだ護摩壇・護摩木が焚かれ、みるみるうちに境内
は濃い煙に包まれました。道場に般若心経の声が響きます。護摩
壇からの煙は、龍が天に昇るよう巻かれ、風が起こる度に変化し
境内を包んでいきました。その様子に参拝客からは驚嘆の声が上
がっていました。その参拝客が願いを込めた護摩木ひとつひとつ
を山伏の方々が丁寧に読み上げ護摩壇に投げ込み、焚かれていき
ました。

その後は火生三昧。火渡りです。護摩壇を崩し灰を広げ道を作りま
す。その熱い灰の上を、山伏・神職の方々に続いて参拝客も所願
成就を祈念して裸足で渡ります。
山伏さんに背中を押され、多くの老若男女がそれぞれの思いを胸に
渡っていきました。

半月前の宝満山入峰とともに、この採燈大護摩供も年に1度の特別
な行事で、宝満山がかつて修験の山であったことを体感できる素晴
らしい機会です。

また、霊山として昨年国の史跡指定を受けたこの宝満山について、
これまでの信仰の歴史とともに自然界への畏敬の念やこれからの宝
満山信仰についても、思いをはせる機会になるのではないかと思い
ます。

宝満山峰入り

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新緑の美しい5月11日(日)、恒例の宝満山峰入りが行なわれ
ました。

山伏の方々と一緒に要所で勤行をしながら、登拝の道中はゆっく
りとしたペースで進みます。

この峰入りは修行なので、ほら貝の音が山に響く中、皆さんお喋
りはせず、黙々と岩の階段を登って行きました。

3時間ほどでキャンプセンターに到着。昼食後、佛頂山にある心
蓮上人の祠をお参りした後、宝満山山頂へ向かいました。

大人も子供も、鎖をしっかりと握り必死に岩を登って山頂を目指
しました。山頂からの景色はすばらしく、中でも四王寺山の稜線
は良く見え、土塁の様子も分かりました。

この日九州は夏本番を思わせる陽気となり、太宰府市でも真夏
日となりました。
およそ75名の登拝者は下山後、竈門神社で「入峰証」をいただ
き、汗をぬぐっていました。 

今年で33回目となる峰入りも無事終わり、今月25日(日)には
竈門神社境内で採燈大護摩供が行なわれます。

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