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7月27日(水) 日田街道班 班会議

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 日田街道班は先月の活動で、大分県日田市の永山布政所まで現地調査を行い、長かった日田街道の全行程の調査を完了しました。
 27日の班会議では、これまでの振り返りとして、道程、地図、写真を照らし合わせながら意見交換を行いました。参加者からはテーマとして「さいふ道」「観世音寺の荘園」「当時の地名、紀行文」などの提案があり、今後の活動テーマとして行う予定です。

7月26日(火) 水城小学校区班 班会議

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 7月26日(火)、水城小学校区班が班活動を行いました。

 会議では、今後の活動方針が議題となり、以前から調査している水城尋常高等小学校の『郷土讀本』の中から気になった事柄を調査したり、振り返り調査で新しく建立された説明板、石柱などの確認、古い歴史を持つ水城小学校の変遷などをテーマとすることが決まりました。
 『郷土讀本』の目録には、「カラシヤキ」や「ムグラウチ(もぐらうち)」など最近ではあまり見かけない事柄の項目があり、興味深い調査になりそうです。

7月25日(月) 国分小学校区班 班会議

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 7月25日(月)、国分小学校区班が班活動を行いました。

 昨年、国分小学校区班で取り組んだ「水城・国分地区から観る四王寺山(大野城跡)」の写真パネル展示の記録集ができ、班の皆さんは、熱心にご覧になっていました。四王寺山の季節での移り変わりや、昔と今の移り変わり、お祭りや行事の様子など、とても素敵な写真ばかりで、四王寺山に対する皆さんの思いが写真を通して伝わって来ました。

 会議では今後の活動が話し合われ、
  ①四王寺山から水城大堤に続く道の調査。
  ②振り返り調査で、国分台の裏山の妙見さん(村方)の場所、現在の状況確認。
  ③今年の春の熊本地震の影響で中止した四王寺山ウオーキングを紅葉の季節に実施する。
など意見がメンバーから提案されました。これに基づいて、今後活動して行く予定です。

7月15日(金) 隈麿公のお墓 夏祭り

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 昨日までの雨とは、打ってかわって、本日は、蝉の鳴き声が響き渡る夏祭り日和となりました。

 菅原道真公のご子息・隈麿(くままろ)公は、道真公とともに大宰府に移り、その翌年の秋に病で亡くなってしまったといいます。朱雀3丁目の榎区には、その隈麿の墓と伝えられる石があり、長い間、地元の人々の手で守られてきました。
 毎年7月15日には夏祭りが開催されます。太宰府天満宮の御神職の方々により祝詞が奏上され、地域の方々も玉串を奉納し、参拝しました。
 お墓の横には六弁の梅の木がお墓を覆うように植わっており、初春には、きれいな花と香りを楽しませてくれそうです。

旭地蔵 夏祭り

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 観世音寺5丁目に祀られている旭地蔵では、毎年7月13日に夏祭りが行われます。
 今年はあいにくの大雨でしたが、五条地区をはじめとする世話人の皆さんが提灯の飾り付けやお接待の準備などをされました。雨の勢いが徐々に弱まるなか、午前11時から供養読経が行われ、多くの方々が参拝に訪れました。その後、夜まで地域の方々によるお接待が行われました。
 静かな住宅街の一角に佇む旭地蔵が、地域で大切に守られている様子がうかがえる1日でした。

7月8日(金) 7月定例会

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 7月の太宰府文化遺産調査ボランティアの定例会は、前回から引き続き、梅崎満里さんによる「太宰府と陶磁器」講座の第2回 「古代の土器」が開催されました。
 中国、朝鮮半島、日本(東アジア)の土器の時代や文化による変遷を画像を見ながら説明していただき、当時の生活を想像しながら、土器の魅力に触れた時間となりました。

 次回の定例会は、8月19日(金)プラム・カルコアにて、梅崎満里さんによる第3回「緑釉・三彩」講座を予定しています。

7月8日 太宰府南小学校区班 調査活動

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 7月8日、午前中に行われた全体定例会に引き続き、午後から太宰府南小学校区班が調査活動を行いました。

 地域に詳しい水城小学校区班の關さんにも参加いただいた一行は、まずはじめに芸術家冨永朝堂先生のアトリエ「吐月叢」へと伺いました。

 冨永朝堂は、激動の昭和を生き、木彫家の本流である高村光雲(1852~1934 高村光太郎の父)門下きっての名手として名を馳せた山崎朝雲を師とあおぎ、木彫の名匠として中央芸術界に知られた芸術家です。市内にある彼の作品(天満宮延寿王院前「神牛」、太宰府市役所ロビー壁画【監修】、学業院中学校「宮村翁像」「宮村講堂板額」、水城小学校「校歌レリーフ」など)は多くの人々に親しまれ、愛されています。また、「吐月叢(アトリエ)」に込められた様々な思いを語ることで、芸術家冨永朝堂の芸術にかけた熱い思いと、彼の感性を磨いた歴史と自然豊かな太宰府の姿を伝えていく活動が『太宰府市民遺産第4号「芸術家 冨永朝堂」(提案団体:歩かんね太宰府)』として認定されています。【一部太宰府市景観・市民遺産会議ホームページより引用】

 「木の中に棲む彫刻家」と称される朝堂先生の作品が展示されているアトリエ「吐月叢」にて、ご子息の冨永敦夫さんより芸術家としての生き様を実際に彫刻に手をふれながら、解説いただきました。

 その後、大雨のなか筑紫四国観音霊場の調査を行い、一番札所である戒壇院を訪問。戒壇院や観世音寺に長年携わってこられた關さんから、筑紫四国にまつわる解説をしていただきました。

7月6日(水) 戒壇院 大般若会・お施餓鬼

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 7月6日(水)、戒壇院にて、大般若会・お施餓鬼が行われました。

 『大般若経』とは、唐代の玄奘三蔵が、長短様々な「般若経典」を集大成された経典の事です。法会では、聖福寺のご住職はじめ近隣の禅寺から集まられた十数名の僧侶の方々が、膨大な般若教典600巻を1巻ずつ、扇をひろげるがごとく空中にかざし、声高らかに経題を転読・祈祷されました。まさに圧巻そのものです。
 お施餓鬼法要は、亡くなられた有縁無縁の方々が、その後の世界で飢えや渇きに苦しむことのないように霊を供養する仏事です。50人近くの檀家の皆さんや参拝者が熱心にお参りされていました。

 境内にはためいている五色の短冊には様々な御仏の名が書かれており、参詣者はお守りにと大切に持帰られていました。
 道真公ゆかりの謡曲:道明寺で有名な木槵樹が静かに小さな黄色の花をさかせて大般若会の一日を見守っていました。

古刹 観世音寺の茶室・天智院

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 天智天皇の発願で建立され、1300年余りの歴史を誇る観世音寺。日本最古の梵鐘(国宝)や宝蔵に安置された数多くの仏像(重要文化財)が往時の繁栄を伝えてくれます。

 この観世音寺境内には、古刹に相応しい落ち着いたたたずまいの茶室・天智院があります。
 天智院は、昭和初期に紀元2600年を記念して太宰府天満宮に建てられたものを、その後観世音寺に移築したものです。移築に際して、江戸時代に水城跡で発掘した木樋の一部を天井や衝立に使用しています。

 また、庭園には長塚節・山崎斌・安武九馬・清原枴童の歌碑があり、数々の作品に詠われた観世音寺の歴史を彩っています。

 現在、天智院は一般公開はされていませんが、先日7月1日の「太宰府検定」特別イベントでは一般社団法人「お茶結びプロジェクト」(理事長:徳永睦子)の皆様による冷茶のおもてなしが行われ、多くの参加者で賑わいました。
 各種イベントの際にはぜひご参加いただき、歴史ある茶室をご覧いただければと思います。

2016年6月28日(火) 水城小学校区班 班会議

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 小雨の降りしきる中、水城小学校区班の皆さんが班会議を社会福祉協議会にて行いました。
 会議では、今後の活動方針について活発な意見が飛び交いました。次回の班会議で、今後の活動目標を取りまとめる予定です。

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