2026年 03月28日 (公財)古都大宰府保存協会の臨時職員を募集します 公益財団法人古都大宰府保存協会の臨時職員を募集します。 詳しくは募集要項をご確認ください。 募集要項はこちら 申込書はこちらからダウンロードください ⇒ 申込書はこちら
2026年 03月11日 令和8年4月より大宰府展示館の入館料が変更になります。 太宰府市の条例改正に伴い、令和8年4月より大宰府展示館の入館料が変更になります。 詳しくはこちらをご覧ください。 大宰府展示館の入館料について
2026年 01月29日 古代山城・大野城跡を歩く(令和7年度「もっと知ろう太宰府」講座 関連史跡めぐり)のお知らせ 2/21開催もっと知ろう太宰府講座「大宰府と古代山城(第5回)」の関連史跡めぐり「古代山城・大野城跡を歩く」(3月28日(土)開催)のお申込み受付中です。 詳細はこちらからご覧ください。
2025年 06月27日 令和6年度 利用者アンケートの結果について 公益財団法人古都大宰府保存協会では、管理運営を行っている大宰府展示館及び水城館において、利用者の満足度などを把握する目的で毎年1回利用者アンケートを実施しています。今後もよりご満足いただける施設を目指してまいります。 令和6年度のアンケート結果は、以下のとおりです。 大宰府展示館 アンケート結果はこちら 水城館 アンケート結果はこちら
2025年 05月20日 ARUITE 発見 大宰府政庁 特製シールプレゼント‼ 大宰府展示館では、大宰府政庁跡の散策アプリ「ARuite(あるいて)発見 大宰府政庁」の公開を記念して、特製シールをプレゼントしております。 特製シール 参加方法は、 ①アプリ「ARuite発見 大宰府政庁」を無料でダウンロード ②大宰府政庁跡にお越しいただき、現地でアプリを起動して、文化財アイテムを9つ発掘! ③文化財アイテムが揃ったアプリ画面を、展示館窓口で提示していただくと特製シールをプレゼント となっています。 是非この機会に大宰府政庁跡へお越しいただき、アプリでお楽しみください。 アプリについての詳細はコチラをご覧くださいませ。 ※https://www.kotodazaifu.net/notice/topic/957 ※公開記念キャンペーンには多くの皆様にご参加いただきありがとうございました。 予定数の配布は終了いたしましたが、特製シールにつきましては在庫が若干数ございますので、引き続きシールにつきましてはプレゼントを実施してまいります。 是非引き続きご参加くださいませ。 ※シールにつきましても在庫数が終わり次第、プレゼントを終了いたします。 ◆アプリのご利用に向けて アプリは無償でダウンロードできますので、お使いのスマホの機種に合わせてアップルストアやグーグルプレイでダウンロードください。 アップルストア https://apps.apple.com/jp/app/aruite%E5%A4%A7% E5%AE%B0%E5%BA%9C%E6%94%BF%E5%BA%81/id6741570840 Google PLAY https://play.google.com/store/apps/details?id =net.lnsoft.aruitedazaifu ※お使いのスマホ機種でアプリがご利用可能かどうか、各ダウンロード画面の情報をご参照ください。 ※アプリのご利用は無料ですが、ダウンロードや利用時にかかるパケット通信料はお客様のご負担となります。
2025年 04月25日 川﨑修一作 博多人形「大伴旅人」公開中 川﨑修一先生作 博多人形「大伴旅人」を公開中! 大宰府展示館では博多人形師・川﨑修一先生が制作された大伴旅人像を令和7年4月25日(金)より展示しております。 晩年を大宰府で過ごす中、元号「令和」の典拠となった「梅花の宴」を開催するなど古代大宰府と縁深い大伴旅人の姿を是非ご来館いただきご覧くださいませ。 川﨑 修一(かわさき しゅういち) 略歴 九州産業大学美術学科彫刻専攻卒 昭和47年より姉・幸子に師事 博多人形作家協会会長 福岡県美術協会会員 伝統工芸士 博多マイスター 元福岡県美術展審査員 受賞歴 博多人形競作展 与一賞 ('74) 博多人形新作展 内閣総理大臣賞5回 ('93 '12 '13 '14 '18) 経済産業大臣賞4回 ('89 '91 '05 '09) 福岡県美術展・日本現代工芸展・西部工芸展 入選・入賞多数 他多数 その他 ベルギー、イギリス、台湾、アメリカにて製作実演 '95より現在まで博多祇園山笠千代流人形制作 博多人形(はかたにんぎょう) 博多人形とは福岡県博多で作られる土による素焼き人形に彩色を施したものです。 慶長5(1600)年、黒田長政(くろだ ながまさ)は関ヶ原の戦いの功績により、筑前国52万石を与えられました。 長政の入国に伴い多くの職人たちが集められ、その中から生まれた素焼き人形がルーツといわれています。 江戸時代には人形に豊かで繊細な彩色が施されるようになり、明治時代に入るとパリ万国博覧会などに出品されたことで日本を代表する人形として知られるようになり、海外にも輸出されるようになりました。 豊かな表情と繊細な彫り込み、素焼きの土に着色する落ち着いた色彩美などが魅力の博多人形は、福岡県を代表する工芸品として国の伝統的工芸品に指定されています。 〔引用・参考〕 博多人形工房 川﨑 ホームページ、博多人形商工業協同組合ホームページ 大伴旅人(おおとものたびと) (665年~731年) 武門の家である大伴家に生まれた旅人は朝廷において政治家として活躍しましたが、720年に征隼人持節大将軍(せいはやとじせつたいしょうぐん)として九州に赴いています。 その後、727年頃に大宰府の長官である大宰帥(だざいのそち)として改めて九州の地に赴任しました。 大宰府への赴任後に妻・大伴郎女(おおとものいらつめ)が亡くなる悲しみなどがありましたが、山上憶良(やまのうえのおくら)らとの交友を通じて数々の和歌を残し、大宰府における万葉文化の中心人物として活動するなか、730年正月に「梅花の宴(ばいかのえん)」を開催しました。 同年冬、大納言(だいなごん)として奈良・平城京へと戻ることとなり、大宰府の北西にある水城(みずき)にて盛大な見送りを受けて帰京し、翌731年に都で亡くなりました。 旅人の息子である家持(やかもち)は『万葉集』の編纂(へんさん)に携わっており、「梅花の宴」で詠まれた32首の歌と共に収められた序文(じょぶん)が元号「令和」の典拠(てんきょ)となりました。
2025年 04月11日 ARUITE 発見 大宰府政庁 大宰府政庁跡を楽しむ散策アプリのご紹介‼ 「ARuite(あるいて) 発見 大宰府政庁」は、地元太宰府ゆかりの人々によって2022年11月に設立された「ひみつきち合同会社」が開発したアプリです。 これまでの既存のものと違い、AR(現実世界にデジタル情報を重ね合わせて表示する技術)を採用した政庁跡を歩いて実感する体験型アプリとなっています。 WEBサイト http://aruite.world ◆アプリの魅力 史跡と自然・風景の広がる空間を舞台に、古代大宰府の歴史や文化を体験できます。 まずは「ARで発掘」でスタート。 楽しむ 政庁跡には9つの文化財アイコンがあり、その近くで画面をタップする(発掘する)ことで、実際に見つかった文化財が画面に登場します。 文化財アイテムを見つける毎に、政庁跡にも建物が出現。全9つを見つけることで、1300年前の政庁全体が甦ります。画面に登場した建物は内部まで詳細に再現され歩く事も可能です。 ①アイコンの場所で画面を数回タップして発掘! ②見事、文化財をゲット‼ ③文化財を発掘すると政庁の建物が出現‼ 知る 登場した文化財や建物には解説がついており、現地で大宰府政庁の歴史や当時の様子を知ることが出来ます。 ④文化財や建物には解説があり、どんなもの・どんな建物だったのか知ることが出来ます。 体感 9つのアイテムポイントは、実際に文化財が見つかった場所を中心に政庁跡の各所に設置。アプリを楽しみながら約120m×約215mの規模がある政庁跡を体感いただきます。 ⑤政庁跡全体に文化財の発掘ポイントや情報ポイントなど様々なアイコンが設置されています。 体験 アプリ画面に登場した政庁を背景に記念撮影も可能‼大宰府政庁跡でのアプリ体験を是非お持ち帰りください。 ⑥アプリ内では建物を背景に記念撮影が可能です。 ★アプリ公開記念 期間限定で記念品プレゼント 「ARuite(あるいて) 発見 大宰府政庁」の公開を記念して、特製シールをプレゼント‼ 日時 2025年4月26日(土)9:00~より 条件 アプリ内で9つの文化財アイテムをコンプリート 場所 大宰府政庁跡東側にある大宰府展示館の受付で文化財アイテム画面を掲示 ※公開記念キャンペーンには多くの皆様にご参加いただきありがとうございました。 予定数の配布は終了いたしましたが、特製シールにつきましては在庫が若干数ございますので、引き続きシールにつきましてはプレゼントを実施してまいります。 是非引き続きご参加くださいませ。 ※シールにつきましても在庫数が終わり次第、プレゼントを終了いたします。 記念特製シール(A6サイズ) アプリに登場する文化財や建物をはじめ、ひみつきち合同会社の皆さんが取り組まれているプロジェクトのキャラクターたちがシールになっています。 文化財コンプリート画面 画面下部に9つの文化財全てが表示されたらコンプリートです。 ◆アプリのご利用に向けて ①「ARuite(あるいて) 発見 大宰府政庁」は現地体験型のアプリとなっています。 そのため、まずは太宰府市にあります大宰府政庁跡へお越しくださいませ‼ ②アプリは無償でダウンロードできますので、お使いのスマホの機種に合わせてアップルストアやグーグルプレイでダウンロードください。 アップルストア https://apps.apple.com/jp/app/aruite%E5%A4%A7%E5%AE%B0%E5%BA%9C%E6%94%BF%E5%BA%81/id6741570840 Google PLAY https://play.google.com/store/apps/details?id=net.lnsoft.aruitedazaifu ※お使いのスマホ機種でアプリがご利用可能かどうか、各ダウンロード画面の情報をご参照ください。 ※アプリのご利用は無料ですが、ダウンロードや利用時にかかるパケット通信料はお客様のご負担となります。
2024年 09月01日 歡迎光臨大宰府展示館(大宰府展示館 繁體案内) 大宰府展示館:致敬古代太宰府,發現更多未知之謎 大宰府展示館―古代大宰府の証と現在も続く発見 大宰府展示館追溯了太宰府從7世紀直到今天的發掘考古歷史,並介紹太宰府對日本的歷史、文化、教育和宗教所產生的深遠影響。 遊客可以透過詳細的立體實景模型了解大宰府(今太宰府,12世紀以前的名稱)的原貌;瀏覽數十年的發掘考古成果;近距離觀賞裝飾在屋頂上的「鬼瓦」(與中國古建築的獸面瓦當相似)。 2019年5月,德仁天皇繼位,日本進入了嶄新的「令和」時代。在館內可以了解到,西元730年在大宰府舉辦的「梅花宴」如何為新年號帶來了靈感。 展品配備多種語言解說,便於遊客更深入地了解太宰府豐富的歷史和文化。展示館位於大宰府官署遺址入口附近,館內陳列的展品介紹了在地歷史,並還原了大宰府的昔日面貌,有助於遊客在遊覽的同時感受古代大宰府的規模。 歡迎光臨大宰府展示館 大宰府展示館へようこそ 太宰府在12世紀以前被稱為「大宰府」,本展示館主要介紹大宰府的古老故事。 1300年前,大宰府是九州的行政中樞,同時也是一大政治、宗教和文化中心,更是日本通向世界之門。由於日本位於古代連接東西方的貿易路線「絲綢之路」的東端,流經大宰府的物資和文化培養了當時在日本確屬罕見的國際主義、高素養以及學術性精神。 大宰府展示館著重介紹太宰府的悠久歷史。在這裡,遊客可以看到當時人們是如何利用當地自然地形防禦;觀賞如宮殿般精美的官署立體實景模型,感受獨特的中國元素;了解人們衣著顏色與社會等級的關係;發現深受當地老百姓喜愛的各種珍奇美食。除此之外,展廳一角的說明板介紹了持續至今的發掘工作,長期的考古調查,揭示了昔日大宰府的種種舊貌。 太宰府與2019年啟用的日本新年號也有著密切關聯,「令和」二字源於西元8世紀在大宰府舉行的一場梅花宴,宴上所創詩集的序文中寫道:於時初春令月,氣淑風和。 請盡情享受古老的大宰府之旅吧! ① 大宰府立體實景模型:自然防禦 大宰府 再現ジオラマ 自然防衛 太宰府在12世紀以前被稱為「大宰府」,西元7世紀至12世紀,大宰府是九州政治和文化中心。從這個立體實景模型可以看出,大宰府的選址充分利用了本地的地形特點,周圍的山脈和地形巧妙地形成一個天然防線,可有效抵禦入侵者。 由於毗鄰亞洲大陸,大宰府是外國使團進入博多灣後的第一個停靠港,自然就成為了重要的外交樞紐。不過,因為臨海,它也容易受到來自國外的攻擊。 7世紀的亞洲大陸政治動盪,663年兵敗於中國唐朝的日本對外防衛能力相當薄弱。於是,政府於664年下令修建「水城」,這道防禦性城牆伴隨著綿延超過1.2公里的護城河,可以阻擋來自今福岡市所在的沿海平原的潛在性攻擊。為了進一步保衛城市,當地還修建了數處堡壘要塞,位於四王寺山頂的大野城就是其中之一,今天仍可以看到這些防禦工事的遺跡。 當時大宰府是一座正方形的城市,呈棋盤式布局,面積約2平方公里,屬古代東亞城市風格。來自九州各地的人們,包括高階官僚、商賈,甚至外國使節都頻繁往來於此。 12世紀以後,城市景觀慢慢發生了變化,但作為政治中心的大宰府一直繁榮到了14世紀。 ② 大宰府官署模型 大宰府政庁の模型 這是再現了8世紀時大宰府官署的模型。12世紀以前,太宰府被稱為「大宰府」,當時絲綢之路貿易發達,大宰府與中國和亞洲大陸聯繫緊密。從建築的美感和對稱性等中國宮殿的特徵中就可以看出,當時的官署深受中國影響。 這些建築遵循中國風水學和古代哲學理論建造。正殿(行政大廳)坐北朝南,吸收陽氣,行向上之運。四王寺山山腳的地理位置則提供了自然防禦屏障。 官署屋頂上覆蓋著「鬼瓦」,用以驅邪,與中國古建築的獸面瓦當相似。這裡展出的鬼瓦出土於大宰府,張開的大嘴和凸出的眼睛強調了惡鬼憤怒的表情。大廳內的地面和樓梯使用了裝飾有花草圖案的方形和三角形瓷磚。 官署遺址就在展廳外,它曾經龐大而宏偉,與太宰府這座繁華的國際大都市相得益彰,可惜如今只剩下了基石。 ③ 大宰府的顏色與等級制度 大宰府の色と位階 在古代日本,政府官員根據他們的官階穿著特定顏色的衣服,顏色具有強烈的象徵意義。如同展示中的模擬人物一樣,地方最高長官「帥」穿淺紫色官服,而其他官員也依照自己的身份地位穿著某種顏色。當時等級極其重要,和穿著指定顏色的權利一樣,等級決定了在官僚機構中從事特定工作的資格。直到今天,我們仍然可以在日本的神社中看到這種等級制度的痕跡,比如在附近的太宰府天滿宮和灶門神社,不同等級的神官就身穿不同顏色的衣服。 腰帶也具有重要意義。展櫃左側的華麗腰帶與職等較低的官員佩戴的樸素腰帶形成了鮮明對比。不過遺憾的是,這些腰帶都係在衣服裡面,並不顯眼。 這些扁平的木片是「木簡」,有多種用途,例如用來記錄課稅貨物的資訊。木簡也很環保,當不再需要上面的資訊時,只要用鋒利的小刀削去表面的文字就能重複利用。在紙張昂貴且稀缺的年代,這種做法頗有價值。 在展品的中央,可以看到一枚硯臺和一塊墨條的複製品。這塊船形墨是把松木煙灰和熬製的動物膠揉在一起製成的。當時的文人墨客可能就使用這樣的書寫工具來記錄《萬葉集》中的一些和歌(日本傳統的詩歌形式)。《萬葉集》是一部具有重要文化價值的和歌選集,書中和歌來自日本各地,其中也有一些是在大宰府(今太宰府,12世紀以前的名稱)創作的詩歌。 ④ 西元8世紀的大宰府立體實景模型 8世紀の大宰府のジオラマ 這個立體實景模型再現了西元8世紀時大宰府(今太宰府,12世紀以前的名稱)的布局結構,緊湊而繁榮。大宰府的字面意思是「傳達天皇命令的偉大官衙」,意味著它是重要的對外貿易樞紐、軍事要塞和政府行政中樞。然而,大宰府並非只專注政治,它在日本文化和宗教方面也發揮著重要作用。 模型的最右端這片龐大的建築群,名為觀世音寺,是當時九州首屈一指的佛寺。這裡曾有一座雄偉的五層佛塔,但後來與其他許多建築一起毀於自然災害。如今寺內只剩下一些重建的殿閣。 與寺廟毗鄰的一所學校為來自九州北部的男孩提供教育,學生們畢業後都留在九州,成為當地政府官員。 大宰府官署位於四王寺山山腳下,它得益於山體的天然防禦性,並被由防禦牆和護城河組成的「水城」保護。官署是一組宏偉的朱紅色宮殿式建築群,以平城京(今奈良)的宮廷與殿宇為藍圖。立體實景模型展示了8世紀時大宰府的布局結構,但持續至今的發掘工作,依然不斷在這座古都的規模和悠久歷史方面為我們帶來新的發現。 ⑤ 古代大宰府的發掘 古代大宰府の発掘 大宰府(今太宰府,12世紀以前的名稱)不僅是舉足輕重的行政和外交中心,由於它和亞洲大陸的文化聯繫十分密切,所以也是新思想和文化發展的交流中心。然而,隨著12世紀國家控制權落入武士和大名(大領主)手中,這座城市的影響力逐漸式微。考古學家在過去50年的發掘中,逐漸明確了古代大宰府的規模。挖掘的現場和航拍照片,更是將昔日大宰府的城市設計和布局結構清晰地展示在人們面前。 遺址發掘結束後,遺存被填平並用草覆蓋進行保護,同時打上標記以表明地下埋藏物。這種發掘後的處理方式既保護了自然景觀,又彰顯了在地歷史。有一些考古發現被特地保留並顯露出來以供展示,例如這條排水溝,其歷史可以追溯到西元8世紀早期,大宰府展示館的外牆就是圍繞著它修建的。 中央的大石塊是建築物支柱的礎石,它並非出土於此,很可能是在附近發現後被移動到這裡展示。 博物館與本地社區密切合作,鼓勵本地居民參與志工活動,幫助保護並宣傳太宰府豐富的人文遺產,及其在日本歷史上扮演的重要角色。 ⑥ 梅花宴 梅花の宴 這一處立體實景模型,展現了西元730年在大宰府(今太宰府,12世紀以前的名稱)最高長官——大伴旅人(665-731;身著紫衣者)將軍官邸舉行的「梅花宴」。這些梅花樹自中國引進,在當時十分珍貴,政府官員們聚在樹下食饌飲酒,即興賦詩。 西元7世紀至12世紀是大宰府歷史上的黃金時代。由於毗鄰亞洲大陸,與其他王國交往頻繁,大宰府的官員們不僅擅長外交和軍事,還同樣精通詩詞歌賦,對外國文化也有深度的理解和極高的鑒賞力。參加梅花宴的人都不但能即興吟歌作詩,並且創作題材廣泛,從梅花、天氣到宴會氣氛,可謂包羅萬象。宴會上的官方記錄員則將他們創作的和歌(日本傳統的詩歌形式)逐一記錄存檔。 模型中的精美的博多人偶陶器,採用福岡傳統工藝燒製。如果仔細觀察,還能看到酒杯中和來賓頭髮上的梅花。請留意官員們身著不同顏色的服裝,這表明了他們的身份。 這次聚會在日本文化中具有深遠的意義。《萬葉集》(成書於8世紀、現存最古老的日本詩集)中收錄了32首在此次宴會上創作的和歌。當今的日本政府和歷史學家正是從《萬葉集》中這些和歌序言裡的漢字中受到啟發,將最新的年號命名為「令和」(2019- )。 ⑦ 大宰府的飲食文化 大宰府の食文化 「木簡」,是了解西元8世紀的大宰府(今太宰府,12世紀以前的名稱)飲食文化的寶貴依據,從大宰府和日本古都奈良出土的木簡上所刻的資訊,可以深入了解當時人們的消費內容。 在730年初的那場「梅花宴」上,可能就有與這裡的展示相類似的菜餚。左側是為高階官員準備的豐富宴席,右側則是為低階人群提供的簡單飯菜。 為重要貴賓準備的菜單包括野雞乾和鮭魚乾、香魚壽司、清酒蒸鮑魚、各類時令醃菜、鯛魚和魷魚等生魚片,以及「草餅」(一種用糯米和艾葉製成的傳統春季甜食)。直到現在,日本餐廳仍提供類似定食。 在宴席場景的立體實景模型中,一些客人舉著酒杯。和現在櫻花時節的賞櫻宴會一樣,日本清酒在席間扮演著重要角色,甚至還能激發人們創作和歌(日本傳統的詩歌形式)的靈感。 令和——新時代的開始 令和-時代の始まり 在日本,新天皇繼位時會誕生一個新年號,這標誌著進入了一個新時代。始於2019年5月的令和時代,其年號便是源自一場著名的「梅花宴」,立體實景模型就展示了當時的場景。宴會上創作的32首和歌(日本傳統的詩歌形式)以及一篇描述性的序言都收錄在《萬葉集》(誕生於8世紀、現存最古老的日本詩集)之中。年號的漢字「令」、「和」均取自序言。「令」的意思有些含糊,通常指命令,也有美好之意,但在《萬葉集》中,它的意思更接近吉祥。「和」的意思則很明確,表示寧靜或和諧。這篇序言從這句開始: 於時初春令月,氣淑風和…… (初春の令月にして、気淑く風和ぎ・・・) 這一句不僅描寫梅花盛開的景致,也表現了作者眼中當時生機盎然的現實社會風貌。更重要的是,這首詩創作於大宰府(今太宰府,12世紀以前的名稱)這個以歡迎外來文化而聞名的地方。「令和」二字的含義為日本社會及其未來提供了積極視角,暗示著樂觀主義、強大的國際關係、全球化和欣然接受不同文化的精神。 この英語解説文は観光庁の地域観光資源の多言語解説整備支援事業で作成しました。 This English-language text was created by the Japan Tourism Agency.
2024年 09月01日 欢迎光临大宰府展示馆(大宰府展示館 簡体案内) 大宰府展示馆:致敬古代太宰府,发现更多未知之谜 大宰府展示館―古代大宰府の証と現在も続く発見 大宰府展示馆追溯了太宰府从7世纪直到现在的发掘考古历史,并介绍太宰府对日本的历史、文化、教育和宗教所产生的深远影响。 参观者可以通过精致的立体实景模型了解大宰府(今太宰府,12世纪以前的名称)的原貌;浏览迄今数十年的发掘成果;近距离观赏装饰在屋顶上的“鬼瓦”(与中国古建筑的兽面瓦当相似)。 2019年5月,德仁天皇继位,日本进入了崭新的“令和”时代。在馆内可以了解到,公元730年在大宰府举办的“梅花宴”如何为新年号带来了灵感。 展品配备多语言解说,便于来访者更深入地理解太宰府丰富的历史和文化。展示馆位于大宰府官署遗址入口附近,馆内陈列的展品介绍了本地历史,并还原了大宰府的昔日面貌,有助于来访者在游览的同时感受古代大宰府的规模。 欢迎光临大宰府展示馆 大宰府展示館へようこそ 太宰府在12世纪以前被称为“大宰府”,大宰府展示馆致力于向来访者传递大宰府的古老故事。 1300年前,大宰府是九州的行政中枢,同时也是一大政治、宗教和文化中心,更是日本通向世界之门。由于日本位于古代连接东西方的贸易路线“丝绸之路”的东端,流经大宰府的物资和文化培养了当时在日本确属罕见的国际主义、高素养以及学术性精神。 大宰府展示馆着重介绍太宰府的悠久历史。在这里,参观者可以学习当时人们如何利用本地区的自然地形进行防御,通过观赏如宫殿般精美的官署立体实景模型感受其独特的中国元素,了解人们穿着的颜色与他们的社会等级的关联,发现深受本地百姓喜爱的各种珍奇美食。除此之外,展厅一角的说明板介绍了持续至今的发掘工作,长期的考古调研,揭示了昔日大宰府的种种旧貌。 太宰府与2019年启用的日本新年号有着密切的联系,“令和”二字源于公元8世纪在大宰府举行的一场梅花宴,宴上所创诗集的序文中写道:于时初春令月,气淑风和。 请尽情享受古老的大宰府之旅吧! ① 大宰府立体实景模型:自然防御 大宰府 再現ジオラマ 自然防衛 太宰府在12世纪以前被称为“大宰府”,公元7世纪至12世纪,大宰府是九州政治和文化中心。大宰府的选址充分利用了本地的地形特点,从这个立体实景模型可以看出,周围的山脉和地形巧妙地形成一个天然的瓶颈,为抵御入侵者提供了坚固的防线。 由于毗邻亚洲大陆,大宰府成为了重要的外交枢纽,它是外国使团进入博多湾后的第一个停靠港。不过,因大宰府临海,它也容易受到外国的攻击。 7世纪的亚洲大陆政治动荡,663年兵败于中国唐朝的日本对外防卫能力相当薄弱。于是,朝廷于664年下令修建“水城”,这道防御性城墙伴随着绵延超过1.2公里的护城河,可以阻挡来自今福冈市所在的沿海平原的潜在性攻击。为了进一步保卫城市,本地还修建了数处堡垒要塞,位于四王寺山顶的大野城就是其中之一。这些防御设施的遗迹至今依然可见。 当时大宰府的面积约为2平方公里,正方形的城市呈棋盘式布局,属古代东亚城市风格。来自九州各地的人们,包括高阶官僚、商人,甚至外国使节都频繁往来于此地。 12世纪以后,城市景观慢慢发生了变化,但大宰府身为政治中心一直繁荣到了14世纪。 ② 大宰府官署模型 大宰府政庁の模型 这是再现了8世纪时大宰府官署的模型。12世纪以前,太宰府被称为“大宰府”,当时丝绸之路贸易发达,大宰府与中国和亚洲大陆关系紧密。从建筑的美感和对称性等中国宫殿的特征中就可以看出,当时的官署深受中国影响。 这些建筑遵循中国风水学和古代哲学理论建造。正殿(行政大厅)坐北朝南,吸收阳气,行向上之运。而四王寺山山脚的地理位置则为其提供了自然防御屏障。 官署屋顶上覆盖着“鬼瓦”,这种瓦片类似中国古建筑的兽面瓦当,用以驱邪。这里展出的鬼瓦出土于大宰府,张开的大嘴和凸出的眼睛强调了恶鬼愤怒的表情。大厅内的地面和楼梯使用了装饰有花草图案的方形和三角形瓷砖。 官署遗址就在展厅外,虽然如今只剩下基石,但它曾经庞大而宏伟,与太宰府这座繁荣的国际大都市相得益彰。 ③ 大宰府的颜色与等级制度 大宰府の色と位階 在古代日本,颜色具有强烈的象征意义。政府官员须根据他们的官阶穿着特定颜色的衣服。如展示中的仿真人物一样,地方最高长官“帅”穿浅紫色官服,而其他官员也依照自己的身份地位穿着某种颜色。当时等级极其重要,和穿着指定颜色的权利一样,等级决定了在官僚机构中从事特定工作的资格。直到今天,我们仍然可以在日本的神社中看到这种等级制度的痕迹,比如在附近的太宰府天满宫和灶门神社,不同等级的神官就身穿不同颜色的衣服。 腰带也具有重要意义。展柜左侧的华丽腰带与低级官员佩戴的朴素腰带形成了鲜明对比。不过遗憾的是,这些腰带都系在衣服里面,并不显眼。 这些扁平的木片叫“木简”,它用途多样,比如可记录课税货物的信息。木简也很环保,当不再需要上面的信息时,只要用锋利的小刀削去表面的文字就能重复利用。在那个纸张昂贵且稀缺的年代,这种做法颇有价值。 在展品的中央,可以看到一枚砚台和一块墨条复制品,船形墨条是将松木烟灰和熬制的动物胶揉在一起制成。当时的文人墨客可能就是使用这样的书写工具来记录《万叶集》中的一些和歌(日本传统的诗歌形式)。《万叶集》是一部具有重要文化价值的和歌选集,书中和歌来自日本各地,其中也有一些是在大宰府(今太宰府,12世纪以前的名称)创作的诗歌。 ④公元8世纪的大宰府立体实景模型 8世紀の大宰府のジオラマ 公元8世纪时大宰府(今太宰府,12世纪以前的名称)十分繁荣,这个立体实景模型再现了当时紧凑的规划布局。大宰府的字面意思是“传达天皇命令的伟大官衙”,意味着它是重要的对外贸易枢纽、军事要塞和政府行政中枢。然而,大宰府并非只局限于政治层面,它在日本文化和宗教方面也发挥着重要作用。 模型的最右端是观世音寺,这个庞大的建筑群是当时九州首屈一指的佛寺。这里曾有一座雄伟的五层佛塔,但后来与其他众多建筑一起毁于自然灾害。如今寺内只剩下一些重建的殿阁。 与寺庙毗邻的一所学校为来自九州北部的男孩提供教育,学生们毕业后都留在九州,成为本地政府官员。 大宰府官署位于四王寺山山脚下,它得益于山体的天然防御性,并被由防御墙和护城河组成的“水城”保护。官署是一组宏伟的朱红色宫殿式建筑群,以平城京(今奈良)的宫廷与殿宇为蓝本。立体实景模型展示了8世纪时大宰府的格局,但持续至今的发掘工作,依然不断地在这座古都的规模和悠久历史方面为我们带来新的发现。 ⑤古代大宰府的发掘 古代大宰府の発掘 大宰府(今太宰府,12世纪以前的名称)不仅是举足轻重的行政和外交中心,由于跟亚洲大陆的文化联系也十分密切,所以它还是新思想和文化发展的交流中心。然而,随着12世纪国家控制权落入武士和大名(大领主)手中,这座城市的影响力逐渐式微。考古学家在过去50年的发掘中,逐渐明确了古代大宰府的规模。挖掘的现场和航拍照片,更是将昔日大宰府的城市设计和布局清晰地展示在人们面前。 遗址发掘结束后,遗存被填平并用草覆盖进行保护,同时打上标记以表明地下埋藏物。这种发掘后的处理方式既保护了自然景观,又彰显了本地历史。也有一些遗存特意不予复原裸露在外,例如这条排水沟,其历史可以追溯到公元8世纪早期,大宰府展示馆的外墙就是围绕着它修建的。 中央的大石块是建筑物支柱的础石,它并非出土于此,很可能是在附近发现后被移动到这里展示。 展示馆与本地社区密切合作,鼓励本地居民参与志愿者项目,帮助保护并宣传太宰府丰富的遗产及其在日本历史上所起到的重大作用。 ⑥梅花宴 梅花の宴 这一处立体实景模型,展现了公元730年在大宰府(今太宰府,12世纪以前的名称)最高长官——大伴旅人(665-731;身着紫衣者)将军官邸举行的“梅花宴”。这些在当时十分珍稀的梅花树来自中国,政府官员们聚集在树下食馔饮酒,即兴赋诗。 公元7世纪至12世纪是大宰府历史上的黄金时代。由于大宰府毗邻亚洲大陆,与其他王国交往频繁,大宰府的官员们对外国文化拥有深度的理解力和极高的鉴赏力。他们不仅擅长外交和军事,还同样精通诗词歌赋。参加梅花宴的人都能即兴吟歌作诗,并且取材广泛,从梅花、天气到宴会气氛,可谓包罗万象。宴会上的官方记录员则将他们创作吟诵的和歌(日本传统的诗歌形式)逐一记录存档。 模型中的精美博多人偶陶器采用福冈传统工艺烧制。如果仔细观察,还能看到酒杯中和来宾头发上的梅花。请留意官员们身着不同颜色的服装,这表明了他们的身份。 这次聚会在日本文化中具有深远的意义。《万叶集》(成书于8世纪、现存最古老的日本诗集)中收录了32首在此次宴会上创作的和歌。当今的日本政府和历史学家正是从书中这些和歌序言里的汉字中受到启发,将最新的年号命名为“令和”(2019- )。 ⑦ 大宰府的饮食文化 大宰府の食文化 “木简”,是了解公元8世纪时大宰府(今太宰府,12世纪以前的名称)饮食文化的宝贵依据。从大宰府和日本古都奈良出土的木简上所刻信息,可以深入了解当时人们的消费内容。 在730年初的那场“梅花宴”上,可能就有与这里的展示相类似的菜肴。左侧是为高阶官员准备的丰富宴席,右侧则是为低阶人群提供的较为简单的饭菜。 为重要贵宾准备的菜单包括野鸡干、鲑鱼干、香鱼寿司、清酒蒸鲍鱼、各类时令腌菜、鲷鱼和鱿鱼等生鱼片,以及“草饼”(用糯米和艾叶制成的传统春季甜食)。如今,日本餐厅仍提供类似定食。 在宴席场景的立体实景模型中,可以看到一些客人举着酒杯。与现在樱花时节的赏樱宴会一样,日本清酒在席间扮演着重要角色,甚至还能激发人们创作和歌(日本传统的诗歌形式)的灵感。 令和——新时代的开始 令和-時代の始まり 在日本,每当新天皇继位时就会诞生一个新年号,标志着一个新时代的开启。令和时代始于2019年5月,而这个年号便源自一场著名的“梅花宴”,立体实景模型展示了当时的场景。宴会上创作的32首和歌(日本传统的诗歌形式)以及一篇描述性的序言都收录在《万叶集》(诞生于8世纪、现存最古老的日本诗集)之中。年号的汉字“令”“和”均取自序言。“令”的意思有些含糊,通常指命令,也有美好之意,但在《万叶集》中,它的意思更接近吉祥。“和”的意思则很明确,表示宁静或和谐。这篇序言从这句开始: 于时初春令月,气淑风和…… (初春の令月にして、気淑く風和ぎ・・・) 毫无疑问,这一句不仅描写梅花盛开的景致,也表现了作者眼中当时生机盎然的现实社会风貌。更重要的是,这首诗创作于大宰府(今太宰府,12世纪以前的名称)这个以欢迎外来文化而闻名的地区。“令和”二字的含义为日本社会及其未来提供了积极视角,暗示着乐观主义、强大的国际关系、全球化和欣然接受不同文化的精神。 この英語解説文は観光庁の地域観光資源の多言語解説整備支援事業で作成しました。 This English-language text was created by the Japan Tourism Agency.