2025年 04月25日
川﨑修一先生作 博多人形「大伴旅人」を公開中! 川﨑修一作 博多人形「大伴旅人」公開中

大宰府展示館では博多人形師・川﨑修一先生が制作された大伴旅人像を令和7年4月25日(金)より展示しております。
晩年を大宰府で過ごす中、元号「令和」の典拠となった「梅花の宴」を開催するなど古代大宰府と縁深い大伴旅人の姿を是非ご来館いただきご覧くださいませ。
川﨑 修一(かわさき しゅういち)
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略歴
九州産業大学美術学科彫刻専攻卒
昭和47年より姉・幸子に師事
博多人形作家協会会長 福岡県美術協会会員 伝統工芸士
博多マイスター 元福岡県美術展審査員
受賞歴
博多人形競作展 与一賞 ('74)
博多人形新作展 内閣総理大臣賞5回 ('93 '12 '13 '14 '18)
経済産業大臣賞4回 ('89 '91 '05 '09)
福岡県美術展・日本現代工芸展・西部工芸展 入選・入賞多数 他多数
その他
ベルギー、イギリス、台湾、アメリカにて製作実演
'95より現在まで博多祇園山笠千代流人形制作
博多人形(はかたにんぎょう)
博多人形とは福岡県博多で作られる土による素焼き人形に彩色を施したものです。
慶長5(1600)年、黒田長政(くろだ ながまさ)は関ヶ原の戦いの功績により、筑前国52万石を与えられました。
長政の入国に伴い多くの職人たちが集められ、その中から生まれた素焼き人形がルーツといわれています。
江戸時代には人形に豊かで繊細な彩色が施されるようになり、明治時代に入るとパリ万国博覧会などに出品されたことで日本を代表する人形として知られるようになり、海外にも輸出されるようになりました。
豊かな表情と繊細な彫り込み、素焼きの土に着色する落ち着いた色彩美などが魅力の博多人形は、福岡県を代表する工芸品として国の伝統的工芸品に指定されています。
〔引用・参考〕 博多人形工房 川﨑 ホームページ、博多人形商工業協同組合ホームページ
大伴旅人(おおとものたびと)
(665年~731年)
武門の家である大伴家に生まれた旅人は朝廷において政治家として活躍しましたが、720年に征隼人持節大将軍(せいはやとじせつたいしょうぐん)として九州に赴いています。
その後、727年頃に大宰府の長官である大宰帥(だざいのそち)として改めて九州の地に赴任しました。
大宰府への赴任後に妻・大伴郎女(おおとものいらつめ)が亡くなる悲しみなどがありましたが、山上憶良(やまのうえのおくら)らとの交友を通じて数々の和歌を残し、大宰府における万葉文化の中心人物として活動するなか、730年正月に「梅花の宴(ばいかのえん)」を開催しました。
同年冬、大納言(だいなごん)として奈良・平城京へと戻ることとなり、大宰府の北西にある水城(みずき)にて盛大な見送りを受けて帰京し、翌731年に都で亡くなりました。
旅人の息子である家持(やかもち)は『万葉集』の編纂(へんさん)に携わっており、「梅花の宴」で詠まれた32首の歌と共に収められた序文(じょぶん)が元号「令和」の典拠(てんきょ)となりました。